皆さん、こんにちは!
トランスファーサポートチームの栗原です。
本日は介護リフトやノーリフティングケアではなく、実はマニアックの源流『シーティング』についてお話をしてみようという試みです。
トランスファーサポートチームは『移乗・移動』のスペシャリストチームです。
移乗するだけではなく移乗先の環境も視野にいれなければなりません。
とはいえ、難しく捉える必要はありません。
介護リフトで極論スリングを掛け損なわなければ落ちないように、シーティングにも『これさえ行えればまずは大丈夫!』というポイントがあります。
今回はそんなポイントを解説していきたいと思います。
シーティングを文化にしたい!
以前にもこちらの記事でも述べましたが、私の源流は『シーティング』、特に褥瘡予防のシーティングがキャリアの始まりでした。
何だかんだと17年という短くない時間、福祉用具の世界に携わる中で実はここ数年個人的に課題になっていたことがあります。
それは・・・『パイオニア達による、新規参入者へのハードルが高く設定されすぎていること』に他なりません。
自分もそんな一員だったという反省を踏まえ、今回は『誰でもできるシーティングとは!?』という視点で整理をしていきます。
ちなみに、この内容は22年5月にNHKの『朝イチ!』で一緒に取材を受けた、理学療法士(以下PT)の袴田さち子さん(愛称:ママ)と栗原(マニアック)が一緒に構築・発信している内容になります。
シーティングは決して特別な技術ではなく、生きる上で誰しもが当たり前に取り組んだほうが良い、文化になるべき考え方だと私達は考えています。
難しいことをシンプルにして、誰もができるコトにする。
これこそが、専門職が目指すべき姿ではないでしょうか。
ママとマニアックが考えるシーティングのポイントは?
PT袴田さんと『朝イチ!』の取材を受けるときにTVの視聴者の方にもシーティングをわかりやすく伝える必要がありました。
そこでは人体工学や車椅子のことなどをイチから説明することはできません。
そのため、身近な方法で誰でもわかるように、しかしシーティングの本質がブレない内容にまとめたポイントが下記の3つになります。
①奥まで座る
②足の裏をしっかりつける
③腕の置き場を考える
結論から言えば、健常者の生活だけではなく、高齢者介護、障害者介護問わず、この3つのポイントがしっかり行えていない場面が非常に多いです。
騙されたと思ってこの3つができるように、まずは取り組んでみてください。
ただし、順番は①→②→③の順を守ってください。
奥まで座れていないのに足の裏を支えても何の効果もないどころか、むしろ姿勢を崩す要因になってしまいます!
奥まで座り、足の裏を支え、最後にテーブルなど腕の置き場を調整する。
この順番で取り組んで頂ければ、必ず座位が崩れている方に変化が起きるはずです。
ただし、この3つはシンプルだからこそ、奥が深いんです。
今回はその中でも最も重要な『奥まで座る』このポイントに特化して解説していきたいと思います。
奥まで座るってどういうこと?
~手の平一枚の隙間もダメなんです!~
日本人は基本的な生活様式が床座の文化のため、椅子に座ることに無頓着な民族、と言われています。
それに対して欧米、特に北欧では自分が日中過ごす場所としてマイチェアの文化があり、身体に合った専用の椅子を購入するそうです。
その差が車椅子の構造や使用目的にも違いを生む要因となっています。
皆さん、椅子に奥まで座れていますか?
この問いかけをしたときにどうでしょう?自信を持ってできている、という人はどれくらいいるのでしょうか。
もしかしたら、奥まで座れているって状況がわからない、という人も多いのではないでしょうか。
ここで言う、奥まで座るの定義はこうです。
骨盤の裏が背もたれで適切に支えられている
背中が背もたれに当たっている、というのは奥まで座れているとは言いません。
大切なことは骨盤が支えられることなんです。
上記の写真は山田君にシーティングを実践したときの写真です。
本当はこの写真は『奥まで座りきれなくても、1cmくらいまでは許容できますよ!』という仮説を実証するために撮影したものです。
しかし、いざ撮影した結果を見て自分でも驚きました。
手の平一枚の隙間が骨盤の後ろに空くと、3cmのときと同じくらい上半身は後方に引っ張られてしまい、筋緊張の高まりや前すべりのリスク、そして尾骨部のズレ力による褥瘡リスクが高くなる姿勢へと変わってしまうのです。
ちなみに、人力移乗の場合は奥まで座るためには座りの直しをしないと奥まで座ることができません。
座り直しを行わない場合、一見座れているように見えても、大体の方が骨盤の裏側に3cm前後の隙間が空いていることが多いです。
気になる人は是非、車椅子に座っている利用者様におじぎをしてもらい、骨盤の裏側をチェックしてみてくださいね。
つまり、結論はこうです。
どんなに良い車椅子を導入してシーティングを行っても、奥まで座れなければ何も意味がない。
奥まで座れなければ、座位で発生する褥瘡や誤嚥性肺炎など重度化の要因となる二次障害の発生を予防することができない。
ありがたい事に、よく姿勢が崩れるのでシーティングをしてください、という依頼を頂きます。
しかし、アセスメントに伺うとほぼ全ての方が奥まで座れていません。
姿勢が崩れているから奥まで座れていない?いいえ、逆です。
奥まで座ることが日常的に行えない方だったため、身体は緊張で硬くなり、普通の椅子や車椅子では座れなくなってしまったのではないでしょうか?
では、なぜ奥まで座ることができないのでしょうか?
その理由を解説していきます。
奥まで座れない!
その理由は大きく分けて2つの要素になります
奥まで座れない理由は大きく分けて2つの要素に分類されます。
①身体と車椅子が適合していない
②適切な移乗方法が選択されていない
何を当たり前な・・・と思うかもしれません。
しかし、この当たり前がなされていないことが問題なのです。
当たり前のことができていない理由、わかりますか?
今回はどうやって調整・導入するか、ではなく、『何が問題なのか』を明確にすることを目指していきます。
まず前提として、
日本人の標準的な体型と車椅子のサイズ・構造は適合しません!
という事実を理解していくことです。
車椅子の規格であるJIS規格では約170cmの人を基準に定められていることはご存知でしょうか?
日本スポーツ庁の2018年統計によると60~79歳男性の平均身長は165.83cm、女性の平均身長は153.31cmのようです。
前期高齢者前後の平均身長と比べてみても、車椅子が大きすぎることは一目瞭然かと思います。
つまり、私達の身体に標準品は適合しないのです。
これは日本の車椅子が座るためではなく、どんな大きさの患者さんでも運べるようになど、拡大してきた時代背景もあるので、良い悪いではありません。
大切なことは、このような状況である、という現状の把握です。
一番の問題は、座奥行きの規格が長すぎる!!!
さて、その中で私が特にいつも気になることが『椅子の奥行き長すぎじゃないか?』問題です。
結論から言います。
私は座奥行き40cm(400mm)は日本人には長すぎると考えています。
その根拠は以下の通りです。
まず、JIS規格の『奥行き d2:背もたれ点から座の前縁までの水平距離』の項目では400mm~520mmの間に座の奥行きが作られていない場合は規格外品ということになります。
つまり、最低でも400mmはないといけない、ということです。
次に見てもらいたいデータが人工知能研究センター 人体寸法データベースより引用した『座位殿・膝窩距離』になります。
こちらは1991年と少々古いデータですが、膝窩(膝裏)から殿部最後方点までの矢状面に並行な水平距離、つまりは座の奥行きに関連する寸法のデータです。
こちらのelderlistが高齢者群になり、この中のM+Fの列が男女混合の値になります。
その値を引用すると、高齢者群の男女混合の平均値は『426.7mm』となるようです。
要は、人体寸法よりもJIS規格の数値が短ければ良いわけです。
つまり、値を代入するとこうなります。
人体寸法:426.7mm - JIS規格(最短):400mm = 26.7mm!
26.7mm長いから座れそうですね。
おいおい、栗原言ってることが違うじゃないか?って声が聞こえますがここからが大切なんです!
むしろ、この数値だけで判断されているからこそ、現場で奥まで座れないことによる二次障害が発生していると言っても過言じゃないと個人的には思っています!
私達は椅子に座ったままでは過ごせません。
立ち上がる必要があります。
そのためには、膝と座面の前額面がぶつかっていては立ち上がれないんです!
上記の写真は山田君に椅子から立ち上がってもらった様子を撮影した動画から切り出した場面です。
左の写真のように座っている時は良いのですが、立ち上がる時には足を引き込む必要があります。
膝の裏にこのスペースがないと、立ち上がるという動きができなくなってしまいます。
また、膝の付け根は筋肉の付け根である腱が集まっています。
その点からも膝の付け根に荷重がかかることは痛みや痺れを引き起こすことにもなるため、推奨されていません。
シーティング的には指2本分、約20~30mmほど空けることを推奨されています。
つまり、立ち上がる人、立ち上がらない人問わず、膝裏から20mm程度は空ける必要があるということです。
さて、先程の計算式に上記の膝裏の空間を足してみると・・・。
人体寸法:426.7mm - JIS規格(最短):400mm -膝裏:20mm = 6.7mm!
まだギリギリ許容範囲ですね!
しかし、まだ考慮すべき点があるのです。
それは、『背張り調整シート』の存在です。
介護保険レンタルで用いられる車椅子の上位機種はほぼ背張り調整式の背シートを採用されていることが多いです。
これは既製品を様々な利用者に合わせるという意味では必然的な選択だと思っています。
特に円背傾向の脊柱構造になりやすい日本人には、骨盤後傾位と脊柱の骨突出の適合のためにも、背張り調整は必須だと思います。
背張り調整シートの素晴らしいところを述べると脱線してしまうため、今回は割愛して、奥行きを考えるときの問題点について述べます。
上記の図は背張り調整のBefore&Afterになります。
適切に背張り調整を行うと行う前の左側に比べて、右側の写真は身体が後ろに数センチですが下がっていることがわかると思います。
体感ですが、大体20~30mmほど奥に入り込みます。
つまり、先程からの寸法に背張り調整シートの寸法を考慮するとこうなります。
人体寸法:426.7mm - JIS規格(最短):400mm -膝裏:20mm -背張り調整シート:20mm = -14.7mm!
分かりますでしょうか?
座奥行きが人体寸法よりも、14.7mm長すぎるのです!
そのため個人的にですが、奥行き380mm以下の車椅子が身体に適合しやすい印象を持っています。
ここで重要なことはどの機種が良いのかではなく、そもそも今座っている場所に奥まで座れる組み合わせになっているのか?という視点を持つことです。
身体に合わない場所に座っていれば身体の緊張は上がり、ズレによる痛みや苦痛な環境になります。
そのような場所では活動性の向上を目指すことはできませんし、崩れた姿勢に身体は変化していってしまいます。
奥まで座れないのは仕方ない、ではなく、奥まで座るために何をしなければならないのか?
その視点でみんなが取り組むと、規格が変わり、意識しなくても座れるようになる、つまり奥まで座ることが当然になりシーティングが文化になるのではないでしょうか?
車椅子を調整したからOK?
ダメです!誰がそこに移乗するんですかっ!?
さて、シーティングはなぜ文化にならないのでしょうか?
諸説ありますが、私はこう思っています。
座ることに興味を持っている専門職だけで成果を作ることに集中しすぎてしまい、日々ケアを行う方々の再現性について配慮が足りなかったためではないか、ということです。
専門職だけで時間を掛けて姿勢を作れば、もちろん良い姿勢で座ることは珍しいことではありません。
しかし、いざ現場に導入すると上手く継続されなかったり、別の問題が発生するということも珍しくありません。
これは、私を含む専門職が現場でケアを行う方々へ『こうしてください!』と大上段に指示をしてしまい、現場で再現できなかったからではないでしょうか?
シーティングは多職種協業の一種です。
にも関わらず、『利用者さんのためなんだから、こうしなければならない!』を伝家の宝刀に大上段で斬りかかれば、再現できなかった現場の方々はシーティングがめんどくさい、もしくは嫌なものになってしまうのではないでしょうか?
このような場面でよく言われる言葉が『シーティングはリハ職の仕事でしょ?』という言葉です。
あれもしてください、これもしてください、と要望ばかり出したところで、現場の人たちからすれば日常業務の一部のことです。
もちろん取り組むことは大切ですが、現場の人たちが余裕がなくできないことを要望しても実践は難しいです。
そのため、現場の人たちが日常業務の中でできる形まで落とし込むことが非常に重要な視点になるのです。
立てない方を抱え上げて奥まで座らせることは不可能です。
大きく奥まで座らせることが難しいだけではなく、抱えあげられる時点で身体が緊張してしまい、股関節がスムーズに曲がらなくなり座れなくなるのです。
そのため、立てない人の移乗には介護リフトの導入が不可欠になります。
つまり、最終的には労働環境の改善がなされなければ、奥まで座るということは実現不可能な話なんです。
上記の図は以前にも紹介した『ポスチュアリング』という考え方の図です。
座るところだけ整えたとしても、意味はありません。
寝る姿勢で股関節が硬くなっていては奥まで座れません。
移乗のときに力任せに持ち上げても、身体は硬くなり奥まで座れません。
改めて尋ねます。
皆さん、椅子に奥まで座れていますか?
奥まで座るためには今回紹介した要素以外にも、寝ている時のポジショニングなど様々な要素が絡み合ってきます。
次回はそういった内容もお伝えできればなぁ~と考えています。
奥まで座る、が日本で当たり前になった時、それがシーティングが文化になった日ではないかなぁといつも思っています。
せめて関わった人たちだけでも、シーティングが文化になりますように、という思いを込めて本記事を締めたいと思います。