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【 インタビュー 】ノーリフティングケア実践が組織を 強くする!!―中篇― ゲスト 下元佳子さん(一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワーク代表理事)
2021.7.25

こんにちは。アップライドの朝日信一郎です。
みなさんは、高知県が全国に先駆けて平成28 年に発した「高知家まるごとノーリフティング宣言」をご存じでしょうか。少子高齢化の進む同県で、介護人材 の定着促進に向けて 、介護する側、される側双方の健康と安全を守るべく始まった取り組みです。この取り組みの誕生に大きな役割を果たしたキーパーソンが、 ナチュラルハートフルケアネットワーク代表理事 の下元佳子さん。今回はそんな下元さんをゲストに、ノーリフティングケアの大切さや、未来への展望についてお話を伺いました。理学療法士としての立場から、「質の高いケア」を問い続けてきた下元さんの思いがたっぷり詰まった対談 、ぜひお楽しみください。

前篇から の続き 】

「高知家まるごとノーリフティング宣言」の実現に向けて


朝日
「高知家まるごとノーリフティング宣言」にはどのように関わっておられたんですか?

下元
県の社会福祉協議会で、私たちナチュラルハートフルケアネットワークが年間80日ぐらい研修講師を担当させてもらっていたんですが、私たちの思いに県社協さんも賛同してくださって、県としてノーリフティングケアやらなきゃ、って県庁の方に話してくださったみたいですね。
いま全国的に介護人材不足の問題がどんどん大きくなってきていて、介護系の学校も定員割れしている状態です。中学生や高校生に一生懸命「福祉はいい仕事だよ」と伝えても、彼らが福祉施設や病院に見学に行ったら、現場は疲弊していて笑顔なんて見えない。福祉課の方に、海外行った時の写真を見てもらうと、日本の施設と海外のナーシングホームでなぜこんなに違うのか?と驚かれるんですね。
私が一番感じてるのは、海外だって人員配置にすごく余裕があるわけじゃない。何が違うかというと、ちゃんと福祉用具を使ってるということ。車いすひとつとっても、値段が少々高くても体に合ったものに座ってるから、身体が傾いたりずれたりせず、職員が力ずくで直すなんてことがいらない。車いすとベッドの移乗もリフトが当たり前だという話をしたら、それやろう!と言ってくれたんです。
目先の人数だけ見て、今年は何人就職してくれた、学校に何人入ってくれたからよかった、ではダメなんですね。時間がかかるかもしれないけど、キツい仕事・しんどい仕事と思われてるイメージをなくして、「高知の介護はそんなんじゃないよ」と言える県にしようって、取り組み始めたんです。行政でもちゃんと考えてくれるメンバーが初期にいて、彼らとはものすごくディスカッションしました。

行政と民間がタッグを組んで動く大切さ


朝日
下元さんのパワーもすごいですし、行政としっかり結びついてやっておられるのが素晴らしいですね。

下元
平成26年にノーリフティングの取り組みが始まった当初から関わってますが、単に事業委託でポンと投げて「ここまでの結果出してください」じゃなくて、ものすごくディスカッションするし、先を見て一緒に動かしている感じです。事業8年目に入るんですけど、ずっと同じことをやってるんじゃなくて、どんどん進化していってます。年度の中間ぐらいになると、ここまで来たから来年度はこういうことに取り組もうとか、そういう話し合いをしていますね。

朝日
いまはその活動が青森にも広がっていて……。青森の研修には何度か同席させていただいてますが、今おっしゃったようにフェーズごとに言い方伝え方を変えていらっしゃるのがすごくわかる。1年目2年目と重ねていくうち、モデル施設の方々が着実に進化して、ティーチングできるようになっていくのを目の当たりにしました。

下元
うれしいです。青森県からご相談があったのが2018年。高知県の取り組みが新聞で取り上げられたのを、青森県庁の方が見られたのがきっかけだそうです。事業委託をされている老人福祉施設協議会さんと言っているのは、1期生、2期生、3期生が一緒になって県全体を引っ張っていけるようにしましょうということ。いま3年目なので、3期生のモデル施設を作って、そこに1期生2期生がチューターで入り、数か月かけてノーリフティングを導入できるようにサポートしています。さらに今年度からは、弘前や八戸などエリアでチームを分けて、エリアごとに知見をシェアできる体制を固めているんです。施設づくりから「地域づくり」に広げて、風土を変えていかないといけないですから。私たちが常にそばにいられない分、よりネットワークづくりを意識してやっています。

高知から青森に飛び火した、ノーリフティングケア推進活動

朝日
ぜひそう言う流れを全国で広めて行けたらいいですね。

下元
高知も、8年前に県が動いてくれたからこそ、これだけのスピードでやってこられたので、行政とタッグが組めると全然違いますね。青森以外だと大分、福岡、兵庫、滋賀などで似たような取り組みがあって、ナチュラルハートフルケアネットワークのメンバーも関わらせてもらっています。


職員定着率を上げることは、事業所の質を上げること


朝日
地方都市の方が危機感が強いせいか、動きが早いですね。

下元
本当は介護職の有効求人倍率でいうと、都会のほうがずっとシビアなんです。人はたくさんいても産業がいっぱいあるから、びっくりするような有効求人倍率ですよね。逆に高知なんかは、介護の有効求人倍率は全国一低いぐらい。それでも行政がなぜそんなに真剣になって今からやってるのかというと、人がいないから。都会の行政は、まだそこを「事業所努力」と思っているんだろうなと……。

朝日
私は東京の行政にかけあったことはないので、行政がどう考えているのかはわかりませんが、施設側の考え方からしても、リフト導入に関しては都心よりも郊外の介護施設の方が積極的ですね。リフトの必要性を感じていらっしゃらない施設さんは、人に困ってはいるけど派遣さんを呼んだりだとか、何かしらの方法で人は回ってるのかもしれません。

下元
地方は派遣さんがいらっしゃらないから……。でも、派遣でなんとかなってるから、困らないかというと、そうではないんです。派遣の人件費ってすごく高いから、そのコストで余裕がなくなってる施設さんがけっこうあると言われていて、私たちからするとものすごくもったいない。高知の身近な事例では、ノーリフティングに取り組んだ施設さんは職員定着率もすごくよくなった上に、求人募集かけると「いいケアをしている施設」ということで定員の何倍もの人がくるといいます。人材確保の広告費も派遣代もいらないとなると、ものすごい費用対効果なんですよ。だから環境を整えるというのは長い目で見ると安いことだと思うんですけど、目先のことだけ考えて悪循環に陥ってる施設さんはけっこうありますよね。

朝日
常に人を募集して回転させていくというのを普通だと思っちゃってる部分はあるかもしれません。職員が腰痛になるのも当たり前、という考えで……。環境を整えて離職率を下げていくことが大事なんですが、そういう観点にたどり着けてない施設さんは多いですね。

下元
人の入れ替わりが激しいと、事業所の質を上げていくこともむずかしくなります。とくに派遣さんは委員会には入れてはいけないとかいろんな制約があって、スキルアップしづらい。ここ最近、国は介護報酬の基本料金よりも、加算をいろいろつけていくことが多くて、最初は私もケチ臭いなと思ってたんですけど(笑)、加算の内容見ていると、組織体制を整えることにインセンティブを与えるようになってると感じています。たとえば虐待防止も、前は単に「研修を受けさせなさい」だけだったのが、今はきちんと委員会を作ってヒヤリハットを集めてリスクマネジメントをちゃんとしなさいと言っています。そういう体制加算が増えていることは納得できるなと。結局、組織づくりをちゃんとして施設として質を上げていかないと継続できないからだと解釈してるんですけど……。

朝日
我々のような販売事業者が行政にかけあうのはというのはむずかしいですが、下元さんのように中間的立場、ケア側にいらっしゃる方と協働して、そういう声をどんどん上げていくことが大事かなと思いますね。

【次号に続く】


職員定着率が低いままでは、事業所の質向上にはつながらず、持続可能性も望めない、という本質に切り込んだお話が印象的だった今回。次回はいよいよ、ノーリフティングケアが組織力向上に果たす役割についてのお話です。どうぞご期待ください。

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この記事を書いた人 朝日 信一郎
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介護リフトの可能性に魅せられ10数年。スタッフのコーチングから現場仕事まで日々奔走中。シャイですが情熱は人一倍。
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